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11月末、上海から大阪に帰ってきた翌日に日本のマスコミではPM2.5の話題 一色でした。現地に滞在していた頃は、それほど悪くなかったのでびっくり しました。
連日の報道の影響もあり、しばらく出張を控えたほうがいいのかなと不安に 思いながら、現地にいる日本人の知り合いのことが心配になったので連絡し てみました。

そして、みんさんからの反応は私の想定外でした。

「多くの人が普通に生活しているので、大丈夫じゃない?」
「普段はたばこを吸ってるし、どっちが悪いのかよう分からんよね。」
「環境より仕事の方が楽しいから、しばらく日本に戻るつもりはないよ。」

生まれたばかりの赤ちゃんを連れて海外赴任となった人、中国人女性と結婚し 上海語まで流暢に話せる人、中国で独立し、起業した人など、いろいろな方と 上海で知り合いました。その方々の話を聞くとみんながポジティブで明るいです。 どこかで安定志向になりつつある自分は情けなく思ってしまいます。

先月、茅台酒を飲みながら「宴会の場は、僕にとって戦場ですよ。」と上海の 知人が持論を展開してくれました。お客さんと75度の白酒をさんざん飲んでから、 翌日の提案書を作ったというのも彼の武勇伝です。大学を卒業してから、あまり 白酒を飲んでいない僕にとって、PM2.5よりこちらの方がもっと厳しいかもしれません。

どんなに厳しい環境でもビジネスのチャンスがあり、そこで戦っているビジネスマン の姿が心強く頼もしく感じています。環境に負けるなと自分に言い聞かせながら、 海の彼方で頑張っている皆さんと一緒に新年を迎えられることを嬉しく思っています。

そして、今年もメルマガを読んでくださった方や、ご意見やご感想を寄せて いただいた方に心から感謝しております。

今回から中国語(台湾風)がペラペラの橋本から新しい情報を届けます。 これからも楽しみにしてください。どうぞ来年もお付き合いください。

よいお年をお迎えください!

新年快楽!

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橋本第1号 「没有緊(ボアッキン、気にしない)」で行こう

皆様はじめまして、シングで営業を担当している橋本です。 といいましても実は私、第11号のメルマガに登場しており、 今回ですでに2回目の登場となります。 そのメルマガが掲載されたまさにその時に楊社長と知り合い、 縁あってシングに入社することとなりました。 今後ともご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

さてシングは日中間の事情に長けたメンバーが揃っていますが、 私は台湾に2年住んでいたこともあり、中国より台湾にアンテナを張っております。 そこで今回は私の好きな台湾語のお話をさせて頂きたいと思います。

台湾で生活していると、よく「ボアッキン」という言葉を耳にします。 台湾語がわかる人にもわからない人にも台湾人は常に「ボアッキン」と 話しかけてきます。 最初は何を言っているのかわからなかった私もすぐに、「ボアッキン」とは 「没有緊(大丈夫だよ、気にしになくて良いよ)」と言っていることがわかりました。 30分遅刻しても「ボアッキン」、何か少しミスをしても「ボアッキン」 いつでもどこでも「ボアッキン、ボアッキン、ボアッキン…」。 本当に全員が眩いばかりの笑顔でこの言葉を話していることに 何だか心を委ねられる気がして、私は一瞬でこの言葉の虜となり、 また台湾のことが好きになりました。

私は以前、細かい事柄を非常に気にする性格でした。
分単位の時間の誤差や資料の間違いなども勿論気になりますし、何より 自分が細かいので、相手に対しての許容範囲も狭かったと思います。
ただ台湾で生活し、台湾の人の考えを知るにつれ、 大きな道さえ間違っていなければ細かい事柄は「ボアッキン」でも良いのではないか、 と考えるようになりました。

30分遅刻しても、スケジュールが予定通り進めば良いのではないか?
少しミスしてもその場で理解し反省し、次に進めれば良いのではないか?

前職の貿易事務の仕事は確かに少しのミスも許されませんでした。
ですが自分は営業職に転職したという事を理解せず動いていました。
シングに入社してからの自分を顧みるに、目の前の業務にばかりとらわれ、 大きな道から外れた行動をとっていたように思います。

営業とは日々イレギュラーな事柄に対応しなければならない職種だと痛感しています。 だからこそ来年は会社の目標(=大きな道)を見失わないよう、 「ボアッキン」の精神を持って、大らかにいきたいものです。

では皆様、時節柄、ご自愛の程お祈り致します

About author

楊 博 代表取締役

中国科学技術大学卒、大阪大学大学院修士課程修了。システムエンジニアからプロジェクトマネージャーを経験し、ネットベンチャーの起業から失敗も味わいました。2003年に株式会社シング(XING Inc.)を設立し、システムの受託開発からモバイルインターネットサービスの企画開発を行っています。2012年に上海政府支援プロジェクト「浦江人材計画」に選ばれました。